
家族だからこそ、線を引く勇気を
20年という時間を共に過ごしてきました。
良いことも悪いことも、いろんな瞬間を重ねてきたけれど、
気づけば「家族」という言葉が、わたしの我慢を正当化する理由になっていました。
「家族だから許さなきゃ」
「我慢していれば、いつか変わってくれるかも」
そう思い続けていたけれど、
そのたびに少しずつ、心がすり減っていったんです。
信じて、裏切られて、それでももう一度信じようとして。
けれど、娘の涙を見たときにようやく気づきました。
――守るべき相手を、間違えちゃいけないって。
お金と信頼、そして心の余裕
お金のこと、約束のこと、信頼のこと。
どれも「家族だから」といって曖昧にしてはいけなかった。
そう学びました。
経済的な余裕がないと、言葉にも余裕がなくなる。
きっとわたしたちは、もっと早く話し合うべきだったのだと思います。
線を引くことは、愛の終わりではなく再生のはじまり
いまは、線を引くことを怖いとは思いません。
それは、もう二度と泣かせないための“愛の形”だから。
家族だからこそ、許し続けてしまう。
でも、家族だからこそ、守らなきゃいけない人がいる。
もう泣かせたくない。だから、線を引く。
それが、いまのわたしの精一杯の「愛のかたち」です。
おわりに
🌷読んでくださってありがとうございます。
わたしの体験が、どこかで同じように苦しむ方の小さな希望になりますように。
どうか、あなたの明日が少しでもやさしく照らされますように。


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