あの冬のことを、ずっと誰にも言えませんでした。
小学5年生の冬のことです。寒くて、ベランダに出て日向ぼっこをしていました。
4階建てだから高くて・・・。
ふとこんなことを思いました。
「ここから落ちたら、みんな心配してくれるかな」
そう思った自分に、自分でびっくりしました。こんなこと言ったら心配される。
言うべきではない。そう決めて、飲み込みました。
体はいつも冷たかったです。
しもやけができて、鼻先も手も冷えていて。授業が終わるたびにベランダで日向ぼっこをしていました。
握手した人がびっくりするくらい、手が冷えていました。
感情も不安定でした。
学校では生徒会活動をして明るくしていたのに、家で母に怒られると感情を抑えられなくなって泣いていました。
そのうち泣いている自分をもう一人の自分が客観視するようになって、クールな自分と、燃え滾るような感情と、二つが共存していました。
中学生になっても、体の冷えと感情の不安定さは続きました。
心配した母が「森田式」の本を買ってくれました。
呼吸や体を整えることが書いてあって、「気持ちは体を整えることから始まる」という考え方に触れました。
でも、クラスの子が遊びに来たとき、その本をからかわれてしまいました。
「そうだよね。普通の子はきっと、こんな苦しみを持たないんだろう・・・」
そう思ったら、ますます誰にも言えなくなりました。弱いから、こんな気持ちになるんだ。もっと強くならないと。
そうやってひたすら、一人で乗り越えようとしてきました。
大人になってからも、体の冷えと心の重さはずっと続きました。
転機は、紹介していただいたオステオパシーの先生との出会いでした。
「しりもちついたことない?」
先生にそう聞かれて、初めて思い出しました。
小学5年生の冬、木の遊具でしりもちをついたことを。
尾骨は神経が絡み合う重要な場所だそうです。
そこが歪んでいると体全体に影響が出て、うつのような感情もでやすいと知りました。
何十年も、体が根本的に悪かったことを知らずにいたのです。ただひたすら我慢してきました。
施術は1年かかりました。当日は全くいたくありません。しかし次の日は激痛で、驚いてばかりでした。
やっと慣れたと思ったら一カ月後の次の施術が来る。
それを繰り返しました。でも先生は言ってくださいました。
「なおしてあげるからがんばろうね」
その言葉に、どれだけ救われたかわかりません。
治った後、体がポカポカするようになりました。うつのような気持ちも、出てこなくなっていきました。
体が根本的に悪かったのだと、やっとわかりました。

ガラケーを長年使用していて子どもたちにいわれてやっとスマホデビューした私ですが、おすすめ動画である動画に出会いました。
両学長のリベラルアーツ大学です。
「お金の知識がないから苦しい生活になる」という言葉が胸に刺さり、学び始めました。最初はわからない言葉ばかりでしたが、何度も聞き直すうちに、少しずつ「自分でもできること」が見えてきました。
家計管理を始めたり、FP3級に挑戦したり、毎日の習慣を少しずつ変えていきました。すると、心に余裕が生まれてきました。
お金の知識は、わたしと家族を守る力になりました。苦しかった家族関係にも、少しずつ変化が生まれていきました。

体が整い、お金の知識が身についてきたころ、もう一つの変化が起きました。
27年前に取り組んできた「祈り」と「浄化」が、さらに深まっていったのです。
負のエネルギーをもらいすぎて体が重くなることが多かったです。
理由もなく暗い気持ちになったりもしました。
試行錯誤を繰り返しながらよいといわれることはなんでも試してみました。
塩風呂に入り重かった体を整えてみたり、カーテンを洗い、シーツを洗い、床を四つん這いになってふきあげたりして生活を変えていきました。
祈りを捧げるために深い呼吸をすること、神社で御神体や神木からパワーをいただくこと、そしてイメージですが龍神様と共に、迷った魂を光へ送り出すことでした。
これらはすべて、わたし自身が何度も救われてきた方法です。
おわりに
体が根本的に悪かったこと、お金の知識がなかったこと、見えない世界のケアの仕方を知らなかったこと。
知らなかっただけで、わたしはずっと苦しんでいました。
今こうして元気でいられるのは、オステオパシーの先生、両学長、そして出会ってくれたすべての方々のおかげです。
もし今、体が重い、理由もなく暗い、誰にも理解されないと感じているなら、ぜひこのブログを読んでみてください。
あなたも、きっと大丈夫です。
わたしの道が、あなたの光になりますように。


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